塩野征四郎公式ブログ 2011年02月
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2011-02-28

産学連携による福祉の分析と考察

塩野です。



福祉事業を産業と学問の見地から斜視してみようと研究スタッフを集合しました。


驚くことに、関西大学岩田教授(経済学博士)、和歌山大学渡辺名誉教授によるご賛同を得られ、研究グループ「福祉経営研究会」を創設し、立命館大学大学院生、同志社大学、関西大学、和歌山大学院生による集合体と、現役学生によるインターンシップを開始しました。


近日には報道関係(産経新聞、共同通信、日刊工業新聞)などが共同参画することになりました。


我が国の福祉政策の歴史や福祉先進国といわれる欧米諸国並びに立ち遅れる東南アジア諸国の福祉政策を根本からメスを入れ分析いたします。


国の政策や、行政の批判をするのではなく福祉に対する歴史的見地から実務家の立場を表面に出し、産学連携によるWell-bing Workshopのスタートです。


もともと予算はありませんので、研究員には無理をお願いいたしました。特に岩田教授(経済学博士)、渡辺名誉教授には特段のお願いをし、快くお引き受けいただきました。


我々、一般社団法人行政書士協議会(大阪ウェルビーイングサービス事務処理センター)が繰り広げる福祉への思いを大阪府と共有し、近時に論文発表できればと考えております。


皆様方のご協力を切にお願いいたします。
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2011-02-21

障がいと障壁。

世の中の変革スピードに加速がつきました。


私たちがサービス活動をしている福祉事業(大阪ウェルビーイングサービス事務処理センター)は、今まさにその世の中のスピードに振り回されようとしています。


私の本職である行政書士の業務は、とんでもなく保守的であり、閉鎖的でもあり、如何に改善しようとしても社会性に乏しいとして改善改革は幾多の障壁に阻まれました。


その障壁は、今さらながら考えると他でもない行政書士らそのものが障壁であると気づきました。私は、35年以上に及ぶ行政書士の歴史の中で4期8年の会長職を務めましたが、その時は若さも手伝い「あらゆる改革」を決断実行しました。


それらが順調であればあるほど同業者らの「僻み、妬み、嫉み」を買い、行く手を塞がれたものです。それが大きな壁、「障壁」となって前進を阻まれてしまいました。悔しくて眠れない日が続きました。
しかし、よく考えてみると、「よかれ」と思って実行していたことは自分の満足感だけであって、それを好まない者が前進を阻む壁を作ったに過ぎないものでした。


身体であれ知的、精神であれ、障がいを持つ人は、自分の欲望や満足感のために障がいを背負っているのではありません。


今から3年ほど前に、大阪府行政書士会が「社会貢献事業」と銘打って、障がい者を囲むイベントを開催しました。しかし、所詮は「付け焼刃」。他から専門家を招き、参加人数を増やすために一部の参加者には交通費や日当まで用意して催したそのイベントは、今まさに議論されている「障害者基本法改正」の素案が示す通り、誰もが当たり前に保障されている権利が、何故に障がい者には保障されないのか、形ばかりの「改正素案」ではなかったか。


私は、行政書士であるが故、声を大きくして、「障がい者の地域生活の権利」を確立させ、社会障壁を取り除くべきと考えている。
2011-02-07

政治の貧困。

先日、枯葉剤が原因とされる先天性障がい、それによって苦しめられている人々のお話をいたしました。


当事者たちは、ベトナム戦争であれ程大量に枯葉剤が撒かれていても、
それが先天性障がいの原因であることを認めようとしませんでした。


そういった例は他にも多くあります。


その昔、日本で起きた「鉱毒事件」があります。
当時、日本政府も企業もそれを認めようとしませんでした。
その後、熊本の水俣病に於いても長期間結論の出ないまま、被害者は取る術もなく放置されていました。


国の政策により工業化が進む中で、利益を優先にした近代化の”ツケ”が後々廻ってまいります。


日本は長期にわたり鎖国をしており、明治維新と共に急激な近代化を図りました。
神の国大日本帝国として東南アジア、韓国、中国に進出、
そして世界を相手に戦争に突入し、その後遺症を今も引きずっております。


私は、戦後間もない頃、戦地で傷つき、障がいを受けた帰還兵が白衣を身にまとい、
路上で這い蹲りながら物乞いをする姿を目の当たりにしてきました。


東南アジアでは、今もそのような光景を見ることがあります。


現地の友人や案内人は、「癖になるから絶対にしないよう」にと言いますが、
私はそれら見て知らぬ顔をすることができずにいます。
今でも当時の光景が目に焼き付いていることが原因かもしれません。


日本は、明治の開国以後、政治的には第3回目の開国(TPPも含め)と言われていますが、
ともすれば、障がい者福祉を政治の貧困さをかえりみず、切り捨てようとする動きがあるようにも感ぜられます。


福祉に関しては、維新であって欲しいと、私は切に願います。
維新とは、物事が改まり、新しくなることをいうのです。

2011-02-01

ご挨拶にかえて。

ETV特集「枯葉剤の傷痕を見つめて~アメリカ・ベトナム 次世代からの問いかけ」というドキュメンタリーが放映されておりました。



皆様は、”エージェント・オレンジ” をご存知でしょうか。

エージェントは散布される農薬を意味します。カラーは3種、オレンジ、ホワイト、ブルーがあり、オレンジは成長や代謝を阻害する成分が含まれ、
エージェント・オレンジは所謂”枯葉剤”を意味します。その成分は農薬の100万倍といわれる毒性を持つダイオキシンです。



ベトナム戦争(1960年12月 - 1975年4月30日)は「エコロサイド(生物皆殺し)」戦争とも言われました。

アメリカ軍は戦況を有利にするため、「人類が生み出した最悪の化学物質」ダイオキシンが主成分の枯れ葉剤を大量に使用しました。

南ベトナム解放戦線や北ベトナム軍が潜むジャングルを枯らすために、アメリカ軍は、枯れ葉剤を大量散布しました。
これにより緑のジャングルは枯れ果て、枯れ木が広がる荒野となりました。

そしてその後、その場所にいたベトナムとアメリカの民間人と兵士たちはガンや糖尿病などの疾患に悩まされ、戦争後に生まれた子どもたちは重症な先天性障害をに苦しめられ、それは今も続いています。
 
体がくっついたまま生まれ、日本で分離手術を受けたベト君とドク君のはその悲劇のほんの一例にすぎません。



今、我々一般社団法人行政書士協議会は、大阪府より委託を受け”大阪ウェルビーイングサービス事務処理センター”として大阪府下の小規模障がい者サービス事業所の事務処理支援を行っています。
その支援は、事業所とセンターとのBtoB(ビジネスtoビジネス)の関係において行いますが、私たちはその先にいる障がいを持つ当事者やそのご家族の姿をしっかりと見つめなければならないと考えています。


先天的であれ後天的であれ、障がいを持つ者とそうでない者は共に生活者であります。


前述の番組の最後では、障がいを運命として受け入れ歩みだす者とそれを支援する者たちの姿が描かれていました。
障がいを持つ者と持たざる者はもちろん、ベトナムやアメリカ、日本という国籍に捕らわれず、私たちは、障がい者福祉を見つめていかなければいけません。



プロフィール

shiono

Author:shiono
 一般社団法人行政書士協議会理事長として大阪府より委託事業推進の責を預からせていただいております。
 福祉はもちろん政治、行政、時事と日々発信させていただき、皆さまにお届けすること叶えば幸いでございます。

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